 |
 |
 |
| ○6月中旬の開花時期には、約5,500株の鮮やかなあじさいが苑内を彩る。 |
|
 |
〈保和苑〉の名前の由来は、元禄時代、徳川光圀公が大悲山保和院桂岸寺(だいひざんほわいんけいがんじ)の庭を愛し、その庭を「保和園」と名付けたのが始まりといわれています。昭和初期、地元有志の手作りによって拡張整備され、池に築山を配した純日本庭園になり、名前も「保和苑」となりました。昭和25年、桂岸寺より水戸市へ移管されたことにより、昭和36年 |
|
に地元と市による保和苑新興協議会が発足、運営されています。
昭和30年代、苑を拡張してあじさいの植え込みを開始。現在の総面積は1・5ヘクタールあり、西洋あじさい・ガクあじさい等、10数種約5,500株のあじさいが初夏の苑内に咲き競い、6月には水戸のあじさいまつりが盛大に開催されています。
周辺には、桂岸寺、水戸八幡宮(本殿は国指定文化財)、「大日本史」の編さんに携わった学者や水戸藩の志士の墓が並ぶ常磐共有墓地、明治維新の志士たちをまつる回天神社、さらに愛宕山古墳(国指定史跡)、万葉ゆかりの湧き水・曝井(さらしい)等があり、水戸のロマンチックゾーンといわれています。 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| ○維新時、国の為に殉じた1,785名の士民の慰霊のために造られた回天神社。 |
|
○水戸黄門一行の像も。常磐共有墓地には格さんのモデル、安積澹泊の墓もある。 |
 |
|
|